「うちも賃上げしないと人が辞めていく。でも上げたら資金繰りが持たない」——そんな板挟みに置かれた中小企業の倒産が、統計にも表れています。ニュースでは「大幅賃上げ」「3年連続の5%台」という明るい言葉が踊る一方で、現場では全く異なる現実が進行中です。
東京商工リサーチの調査によると、2026年度上半期(4〜9月)の「人手不足」倒産は240件で、2013年の調査開始以来、年度上半期として最多となりました。前年同期を上回るのは5年連続です。その半数以上が「人件費高騰」を直接の原因とする、いわゆる「賃上げ倒産」です。この記事では、賃上げ倒産とは何か、なぜ中小企業が苦しいのか、そして具体的にどう対応できるかを、民間の調査会社の集計や公的統計をもとに整理します。
この記事のポイント
- 2026年度上半期の人手不足倒産は過去最多240件。うち130件が「人件費高騰」によるもので、前年同期比1.7倍に急増(東京商工リサーチ調べ)
- 2026年春闘の賃上げ率は、300人以上の組合で5.05%、300人未満の中小組合で4.69%(連合の最終集計)。中小企業は賃上げしても価格転嫁が進まないと、利益が削られる構造がある
- 業務効率化・価格転嫁・公的支援制度の活用が、中小企業が取れる現実的な対応策として挙げられる
賃上げ倒産とは?なぜ今、問題になっているのか
賃上げ倒産という言葉はまだ耳慣れない方も多いかもしれません。人手不足による倒産というと「求人しても人が来ない」イメージがありますが、実態はそれだけではありません。賃金を上げたことで経営が行き詰まるケースが急増しており、その構造を理解することが問題の入口になります。

「賃上げ倒産」の定義と東京商工リサーチの分類
東京商工リサーチは、「人手不足」関連倒産を3つに分けて集計しています(後継者難は対象外)。①求人難(採用できず事業継続が困難)、②従業員退職(キーパーソンの離職で機能不全)、③人件費高騰(賃上げによる資金繰り悪化)——この3つ目が、いわゆる「賃上げ倒産」に相当します。
帝国データバンクも、従業員の退職や採用難、人件費高騰などを原因とする人手不足倒産を集計しています。集計の基準が異なり、2026年度上半期は225件で、年度上半期として4年連続の過去最多でした(帝国データバンク)。
注目すべきは、2026年度上半期のデータです。東京商工リサーチの調査によると、「人件費高騰」を原因とする倒産は130件(前年同期比75.6%増)で、人手不足倒産全体の54.1%を占めました。「人が来ない」ではなく「賃金を上げたら持たなかった」という倒産が、今や過半数を占めているわけです。
形態別では破産が229件(同23.7%増、構成比95.4%)と大半を占め、資本金1,000万円未満の小規模企業が159件(同33.6%増、構成比66.2%)と6割を超えています。体力の薄い小規模企業ほど直撃を受けている姿が、数字に表れています。
2026年7月の倒産件数と人件費増加の関係
2026年7月の全国企業倒産件数は1,028件に達し、月間倒産件数が2カ月連続で1,000件を超えるのは約14年ぶりの水準です(東京商工リサーチ「2026年7月の全国企業倒産1,028件」)。同月の人手不足倒産は月次で過去最多となる63件(前年同月比40.0%増)を記録しました。
特に「人件費高騰」を要因とする倒産が36件(同111.7%増)と2.1倍に急増。「従業員退職」も19件(同72.7%増)と増えており、賃上げして人件費が膨らんだうえに、それでも人が辞めていくという二重苦の構造が見えます。
朝日新聞(2026年10月6日)によると、中小企業における2025年4月〜2026年4月の正社員の平均賃上げ率は4.29%に達しており、この負担に耐えられない企業の倒産が増えているとみられます。

実質賃金がプラスでも中小企業が苦しい理由
厚生労働省の毎月勤労統計調査(2026年8月分速報)によると、実質賃金(現金給与総額)は前年同月比1.5%増でした。物価の上昇を差し引いても賃金が伸びた状態で、プラスは8か月連続です(厚生労働省、2026年10月7日公表・事業所規模5人以上)。
ただし、これは働く人全体の平均です。「実質賃金がプラスになった」と聞いても、自分の給料には実感がないと感じた方は少なくないはずです。このギャップには、大企業と中小企業の間に横たわる構造的な差が関係しています。
大企業と中小企業の賃上げ率と賃金の格差
2026年春闘は、連合の最終集計(2026年7月3日公表)で賃上げ率5.01%となり、3年連続で5%台でした。規模別では、300人以上の組合が5.05%、300人未満の中小組合が4.69%です(定期昇給分を含む・連合)。
中小組合の率は前年より0.04ポイント上がり、全体(0.24ポイント低下)との差は縮まりました。ただし、集計の対象は連合に加盟する労働組合で、組合の無い企業は含まれていません。一方、東京商工リサーチは、大手と中小・零細企業との賃金格差は拡大していると指摘しています(東京商工リサーチ)。
この格差は採用競争に直結します。新卒初任給の引き上げ合戦が大企業間で激化する中、中小企業は「同じ条件では戦えない」状況に追い込まれています。賃上げできなければ人が来ず、無理に賃上げすれば資金が持たない——その板挟みが「賃上げ疲れ」という言葉に凝縮されています。

価格転嫁できない構造が利益を圧迫する
賃上げそのものが問題なのではありません。問題は、賃上げのコスト増を販売価格に転嫁できない構造にあります。神戸国際大学経済学部の中村智彦教授は、Yahoo!ニュース エキスパートへの寄稿(2026年10月7日)の中で「価格転嫁が十分にできなければ、賃上げに必要な原資を確保することはできません」と指摘しています。
原材料費・エネルギー費の高騰に加え、金利負担も増す中で、売上が増えないまま人件費という固定費だけが上がれば、利益率は確実に悪化します。業績改善を伴わない「防衛的賃上げ」——つまり「上げないと人が辞めるから仕方なく上げる」という賃上げは、キャッシュフローを静かに削り続けます。融資審査に影響が出る前に気づけるかどうかが、経営の分岐点になります。
| 項目 | 大企業 | 中小企業 |
|---|---|---|
| 2026年春闘の賃上げ率(連合の最終集計) | 5.05%(300人以上の組合) | 4.69%(300人未満の組合) |
| 価格転嫁の容易さ | 比較的容易 | 困難なケース多い |
| 採用競争力 | 高い(初任給引き上げ余力あり) | 低い(原資確保が課題) |
| 人手不足倒産への影響 | 限定的 | 深刻(倒産の6割が資本金1,000万円未満) |

なぜ人手不足が賃上げ倒産を加速させるのか?
人手不足と賃上げ倒産は、一見別の問題に見えて実は同じ根から生えています。人口減少という避けられない構造変化の中で、賃上げと採用・定着の問題が同時に経営を圧迫するメカニズムを見ていきます。
採用競争と離職防止が同時に経営を圧迫する
企業が賃上げを迫られる理由は2つあります。一つは新規採用のため、もう一つは既存社員の流出防止のためです。どちらも「賃金を上げなければ人が確保できない」という点で共通していますが、経営へのダメージは二重になります。
東京商工リサーチの2026年7月調査では、「従業員退職」を原因とする倒産が19件(前年同月比72.7%増)と大幅に増加しています。賃上げしたにもかかわらず、人が辞め続けるケースが増えているわけです。賃金だけを引き上げても、業務の過重感や評価への不満が解消されなければ離職は止まらない——その現実が、数字に表れています。
人件費が増えた上にキーパーソンが退職するという事態は、中小企業にとって致命的になりえます。
サービス・建設など労働集約型で目立つ「稼げない賃上げ」
東京商工リサーチの2026年度上半期調査によると、産業別ではサービス業他が91件(前年同期比21.3%増)、建設業が55件(同5.7%増)の2産業で人手不足倒産全体の60.8%を占めています。これらは労働集約型の産業、つまり「人がいないと仕事にならない」業種です。
中村智彦教授は、飲食・介護・建設・運輸など人手に依存する割合の高い業種で、特に影響が大きいと指摘しています。こうした業種では、仕事の依頼(需要)があっても、それをこなす人手が足りなくなりがちです。人を増やすほど人件費がかさんで利益が出ない——「稼げない賃上げ」とも呼べる構造です。
中村教授は「少ない人数でも賃金を上げながら稼げる企業になれるか」と問いかけています。そのうえで、「中小企業経営は、その転換を迫られています」と述べています(Yahoo!ニュース エキスパート、2026年10月7日)。
注意:「賃上げ=悪」ではありません
「賃上げすると中小企業が倒産する」という単純な結論は正確ではありません。問題の本質は、低賃金と豊富な労働力を前提とした経営モデルが、人口減少によって成り立ちにくくなっていることにあります。賃上げは必要な流れです。ただし、価格転嫁・生産性向上・業務見直しを伴わない賃上げは経営リスクを高めます。

中小企業が取れる対応策と支援制度の活用
「賃上げしなければ人が来ない、でも上げたら持たない」という状況に対して、打ち手がないわけではありません。業務効率化による生産性向上と、公的支援制度の活用という2つの方向から整理します。

業務効率化・生産性向上で人件費増を吸収する考え方
人件費が増えても、一人当たりの生産性が上がれば利益率は維持できます。この「少ない人数でより多く稼ぐ」への転換が、賃上げ倒産を回避する根本的な方向性です。具体的な取り組みとしては、以下が挙げられます。
- 省力化投資:IT・自動化ツールの導入で、人が担っていた定型作業を減らす。「デジタル化・AI導入補助金」(旧IT導入補助金)など、導入費用を一部補助する制度もあります。
- 価格転嫁の交渉:取引先との価格見直し交渉は、中小企業庁が「価格交渉促進月間」を設けて後押ししています。適切な価格転嫁は権利であり、交渉を避けることが経営を圧迫します。
- 業務プロセスの見直し:同じ仕事をより少ない工数でこなせるよう、作業フローを再設計する。特に介護・建設では、ICTを使った工程管理や記録業務の効率化が進んでいます。
賃金以外の「働き続けてもらう条件」——休暇制度・福利厚生・職場環境の整備も、離職防止に有効です。賃金だけが採用・定着の要因ではないため、総合的な職場魅力の向上を図ることが現実的な対策になります。
賃上げ促進税制・キャリアアップ助成金の概要
賃上げの原資を少しでも確保するために、活用できる公的制度があります。代表的なものを2つ紹介します。
賃上げ促進税制(経済産業省・中小企業庁)は、前年度より賃金総額を一定率以上増加させた中小企業に対して、増加額の一部を法人税から控除できる制度です。2026年度も継続されており、詳細な要件・控除率は中小企業庁の中小企業向け「賃上げ促進税制」のページで確認できます。
キャリアアップ助成金(厚生労働省)は、非正規雇用労働者を正社員転換したり、処遇改善を行ったりした事業主に対して支給される助成金です。賃上げと採用定着の両面で活用できる制度で、厚生労働省のキャリアアップ助成金のページに最新の支給額・要件が掲載されています。制度は毎年度改定されるため、最新情報は必ず公式サイトでご確認ください。

この問題は私たちの働き方にどう影響するのか?
賃上げ倒産は経営者だけの問題ではありません。中小企業で働く従業員にとっても、自分が勤める会社の状況を把握しておくことは、キャリアを守る上で欠かせない視点です。
中小企業で働く人が知っておくべきサインと備え
「うちの会社は大丈夫か」と不安に感じたとき、何を見ればいいでしょうか。経営の健全性を外から判断するのは難しいですが、いくつかのサインは参考になります。
- 人の入れ替わりが激しい:従業員退職が続く職場は、経営的にも不安定になりやすい傾向があります。
- 賃上げが「場当たり的」に見える:業績改善の見通しがないまま急に賃上げが発表される場合、防衛的賃上げの可能性があります。
- 取引先や受注量が減っている:売上の縮小が続く中での人件費増は、資金繰りを直撃します。
個人レベルでの備えとしては、スキルの可搬性(どの職場でも通用する能力)を高めることが有効です。特定の会社・業務にしか通用しないスキルだけでなく、資格取得・IT活用能力・マネジメント経験など、転職市場でも評価される力を積み上げておくことが、自分を守る手段になります。
また、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」は賃金の動きを毎月、東京商工リサーチや帝国データバンクは倒産の動向を定期的に公表しています。自分が働く業種の状況を定期的に確認する習慣は、早期に動くための判断材料になります。
よくある質問
Q. 賃上げ倒産と人手不足倒産は同じものですか?
A. 厳密には異なります。人手不足倒産には「求人難」「従業員退職」「人件費高騰」の3種類があり、このうち「人件費高騰」を原因とするものが賃上げ倒産に相当します。東京商工リサーチの2026年度上半期調査では、人手不足倒産240件のうち130件(54.1%)が「人件費高騰」によるもので、半数を超えました。
つまり、人手不足倒産の中でも賃上げ倒産の割合が急速に高まっているのが現在の状況です。
Q. 実質賃金がプラスになったのに、なぜ中小企業は苦しいのですか?
A. 実質賃金の改善は平均値の話で、企業規模や業種によって状況は大きく異なります。2026年春闘(連合の最終集計)では、300人以上の組合が5.05%、300人未満の中小組合が4.69%でした。中小企業は物価上昇分を価格転嫁できないケースも多く、賃上げをしても収益が改善していない企業があります。
名目賃金を上げても、それ以上にコストが増えれば経営は苦しくなります。
Q. どの業種が賃上げ倒産のリスクが高いですか?
A. 東京商工リサーチの2026年度上半期調査によると、サービス業他(91件)と建設業(55件)の2産業で人手不足倒産全体の60.8%を占めています。これらは人の技能・労働力に依存する割合が高い労働集約型産業です。神戸国際大学の中村智彦教授も、飲食・介護・建設・運輸など人手に依存する割合の高い業種で、特に影響が大きいと指摘しています。
Q. 中小企業が賃上げ倒産を防ぐために最初に取るべき行動は何ですか?
A. まず自社の資金繰り計画を確認し、人件費増加後のキャッシュフローを試算することです。その上で、価格転嫁の可否を取引先と交渉し、業務効率化の余地を洗い出します。公的支援としては、賃上げ促進税制(経済産業省・中小企業庁)やキャリアアップ助成金(厚生労働省)の活用も検討に値します。最新の要件・金額は各省庁の公式サイトでご確認ください。
Q. 最低賃金の引き上げは今後も続きますか?
A. 2026年度の地域別最低賃金は、すべての都道府県で改定額が答申され、全国加重平均は1,177円(前年度から56円引上げ)となりました。56円の引上げは、1978年度に目安制度が始まって以降で2番目の大きさです(厚生労働省、2026年9月3日)。
改定額は、2026年10月1日から12月2日までの間に、都道府県ごとに順次発効される予定です。お住まいの地域の金額と発効日は、厚生労働省の発表の別紙で確認できます。来年度以降の引き上げ幅は、中央最低賃金審議会が毎年示す目安などを参考に、各地の審議会で決まります。
まとめ
2026年度上半期の人手不足倒産は過去最多の240件を記録し、そのうち130件が人件費高騰を直接の原因とする賃上げ倒産です(東京商工リサーチ調べ)。大企業が5%台の賃上げを続ける中、中小企業は価格転嫁できないまま人件費だけが膨らむ構造に直面しています。
賃上げそのものは必要な流れです。問題は、業務効率化や価格転嫁を伴わない「防衛的賃上げ」が経営体力を静かに削り続けることにあります。建設・サービス業を中心に、労働集約型の業種ほどそのリスクは高くなります。
対応の第一歩は、自社の資金繰り計画に人件費増加の影響を織り込んで確認することです。その上で、賃上げ促進税制・キャリアアップ助成金などの公的支援を活用しながら、価格転嫁と生産性向上を同時に進める——その二本柱が、賃上げ倒産を回避するための現実的な道筋になります。中小企業で働く従業員の方も、業種別の動向を把握しておくことが、自分のキャリアを守る一助になります。
※本記事の情報は2026年10月時点のものです。最新情報は各公式サイトでご確認ください。
最終更新: 2026年10月24日
参考サイト
- 東京商工リサーチ — 年度上半期の「人手不足」倒産 過去最多の240件 深刻な”賃上げ疲れ”、『賃上げ倒産』が1.7倍に増加(2026年10月)
- 東京商工リサーチ — 2026年7月「人手不足」倒産 過去最多の63件 賃上げ負担がジワリ広がる、「人件費高騰」が2倍増(2026年8月)
- 朝日新聞 — 人手不足倒産、4年連続で過去最多 「人件費の高騰」が1.7倍に(2026年10月)
- 日本経済新聞 — 東京商工リサーチ、2026年度上半期(4-9月)の「人手不足」倒産動向を発表(2026年10月)
- Yahoo!ニュース エキスパート(中村智彦・神戸国際大学経済学部教授)— 人がいないから倒産ではない?増加する中小企業の「賃上げ倒産」(2026年)
- 連合 — 2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計結果(2026年7月)
- 厚生労働省 — 毎月勤労統計調査 2026年8月分結果速報(2026年10月)
- 厚生労働省 — 全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました(2026年9月)
- 中小企業庁 — 中小企業向け「賃上げ促進税制」
- 中小企業庁 — 「デジタル化・AI導入補助金2026」の概要(2026年4月)
- 厚生労働省 — キャリアアップ助成金
- 東京商工リサーチ — 2026年7月の全国企業倒産1,028件(2026年8月)
- 帝国データバンク — 人手不足倒産の動向調査(2026年度上半期)(2026年10月)

